豊川稲荷の滝(Toyokawainari no taki)

愛知県豊川市豊川町地図 総合評価2
 初詣客で賑わう豊川稲荷は神社と思われている方も多いようですが、正式には妙厳寺という曹洞宗の寺院です。



撮影2023/12/16
 2年振りに豊川稲荷にお参りしました。
 今回はボランティア説明員の方に豊川稲荷の見所、裏話など説明して頂きました。
 豊川稲荷はお寺にも関わらず、鳥居があるがこの鳥居は神社の鳥居ではなくお寺の紋が入っている通りお寺の鳥居とのことでした。
 私は江戸時代に相場師とばくち打が千手観音の現生利益、陀枳尼真天の予知能力を授かろうとやってきて栄えたと思っていたのですが、説明員の方は、大岡越前守忠相が赤坂に豊川稲荷別院を勧請したのがきっかけで江戸町民にも信仰されるようになったとのことで、私の説はバッサリと否定されてしまいました。
 こちらは前回見逃した一木を彫りだした見事な芸術作品です。
 そして説明員の方は狐と旗が両側を埋め尽くした通りを案内してくれました。
 こちらは信者が富士山の溶岩を寄進したもので、良く見ると左の狐は経典、右の狐は玉(宝珠)を咥えており、バワースポットになっているそうです。
 豊川稲荷に参拝の後、見事願いが叶ったら、こちらに狐の像を奉納するのですが、小さな狐が一杯並んで壮観でした。
 最後にこちらの郵便ポストは何と現役で稼働している日本最古の郵便ポストだそうです。知りませんでした。良く見ると確かに「便郵」になってますね。
豊川稲荷の滝 (トヨカワイナリノタキ) 落差2m 評価1
 庭園には2百万円の値が付く鯉がいるそうです。
 私がこれが豊川稲荷の滝だと説明員に言ったところ、これはただの水量調節の敷居板、滝ではないとこちらも真っ向から否定されました。
 豊川稲荷にもお参りし運気も高まったと誰しも思うはずです。
 ところが、当日の夜、浜松で忘年会があり、会場へと歩いていたところ、後ろからきたタクシーに追突され、おでこからアスファルトに落ち、さらに左足甲をタクシーの右前輪に踏まれて骨折し、靴と靴下はご覧の通りボロボロになってしまいました。
 タクシーの運転手さんも年末の書き入れ時にこんなクソジジイを轢いてとんだ災難です。こんなことなら歩かずに最初から轢かれたタクシーに乗って行けばお互い良かったですね。
 右目はおでこから下がってきた青色の内出血でふさがり見るも恐ろしい形相になりました。病院に行った時、近くの子供から恐れられるほどです。又、左足指骨折は4週間ギブスで完全固定になりました。これで一昨年3月の右手首昨年6月の首に続いての骨折です。
 他の誰よりもお寺・神社にお参りしているつもりですが、御利益がありません。でも、友人からはこれだけ災難が降りかかっても生きているのだから、むしろ御利益があったのではとのことです。



撮影2021/9/4
 総門から境内に入ります。
 おおみそかのゆく年くる年の除夜の鐘でもおなじみの梵鐘がありました。
 今川義元が寄進した山門です。
 
 豊川稲荷にはほとんど知られていませんが、元国指定名勝だった妙厳寺庭園があります。祈祷受付で妙厳寺ご本尊の千手観音を拝観したいと申し込むと法堂内に入れてくれます。まずは千手観音にお参りし庭も見たいと言ったところ、庭は公開していないからダメだと言われてしまいました。お願いしまくって何とか二階から見学させて頂きましたが、さらに写真も撮りたいと言ったところ、写真は本当にダメと言われましたが、拝み倒して何とかパノラマ写真を撮ることが出来ました。
 知り合いの妙厳寺のお坊さんに聞いたところ、祈祷を申し込んだ人にだけに見せてるとのことでした。拝み倒すのはお寺を困惑させるだけなのでやめましょう。
左滝石組 (ヒダリタキイワグミ) 落差5m 評価2
 庭園には三つの築山があり一番左には写真では良く見えませんが、五重の塔近くから流れ落ちる集団滝石組が見られます。
中央滝石組 (チュウオウタキイワグミ) 落差5m 評価2
 中央には真ん中の築山左肩から流れ落ちる石組があり池の直前には水落石も見えました。
左滝石組 (ヒダリタキイワグミ) 落差5m 評価2
 左の滝石組は真ん中の築山の右肩から流れ落ちています。
 いずれにしても植栽が豊かすぎて本来の石組が見づらくなっているのが残念でした。
 尚、お稲荷さんと言えば、ウカノミタマを祀った京都の伏見稲荷が有名ですが、豊川稲荷は御本尊の千手観音と鎮守の陀枳尼真天(ダキニシンテン)を祀ったお寺ですので、伏見稲荷とは異なります。
 永平寺の寒巌禅師が宋から戻る途中、稲穂を荷い白い狐にまたがった陀枳尼真天が現れ、「以後、おまえを護る」と告げられます。これに感激した寒巌禅師は弟子にも陀枳尼真天を護法の神様としてお祀りするように伝えました。豊川稲荷は、寒巌禅師の6代目の弟子にあたる東海義易禅師がこの地に妙厳寺を創建したのが始まりです。
 寒巌禅師の前に現れた陀枳尼真天は、稲穂を荷い、すなわち稲荷、そして白い狐にまたがっていたことから、いつしか妙厳寺は豊川稲荷と呼ばれるようになりました。
 御本殿には陀枳尼真天が祀られていますが、小学校に上がる前、親に連れられて来たことがあり、大きな赤い提灯が印象的だったことを今でもはっきりと覚えています。
 信者の願いが込められた千本のぼりの中を奥の院へと歩いて行くと、のぼりの多さが伏見稲荷の千本鳥居を彷彿させました。
 豊川稲荷の続きです。実は、陀枳尼真天は生きた人間を殺して肝を食べる女の鬼神でした。ある時、これをみた仏様がお怒りになって神通力を封じてしまいました。でも、肝を食べないと死んでしまいます。では死人の肝を食べなさいと伝えたところ、死人の肝は他の鬼も食べるのでありつけないと言います。なら半年後に死ぬ人間を予知する能力を授けよう。そうすれば他の鬼に先んじて、死んだ人間の肝を食べることが出来るだろうと…。これに感激した陀枳尼真天は、以後、仏法に帰依、人肉を食らうことを止め仏法を守る天部に加わったということです。
 陀枳尼真天は先を読む力があるので、諸願成就、技芸上達、厄除け、開運、五穀豊穣、商売繁盛、家内安全、病気平癒、出世とあらゆることに御利益があるとされています。
 豊川稲荷は御本尊も御利益最高の千手観音です。千手観音は、人々を救う手が多い分、得られるご利益も多く、夫婦円満や恋愛成就、安産・子宝成就、災難除け、病気平癒などあらゆる現世利益を網羅しています。千手観音に陀枳尼真天というこれ以上ない組み合わせから、多くの人が信仰するようになりました。
 でもほとんどの人は豊川稲荷が伏見稲荷と同じく神社と思っているようで、実際、友人に聞くと、「えー、お寺だったの。」との答えが返ってきます。伏見稲荷は五穀豊穣を司るウカノミタマ、豊川稲荷は陀枳尼真天ですが、どちらも狐が使いであることには違いはありません。神仏習合によりウカノミタマと陀枳尼真天が合わさってしまったということも影響しているようです。実際、伏見稲荷でも江戸時代までは陀枳尼真天が習合されていたようです。
 本殿の建て替えに伴い旧本殿を移築した奥の院は、諏訪ノ和四郎の傑作と称される龍の彫り物が見事でした。お金も相当かかったことと思います。ここにも信仰の篤さを感じました。
 瓢箪から駒の彫り物もいかにも御利益がありそうです。
 瓢箪のような小さな口から駒、すなわち馬のような大きな物がが出るはずない、つまりありえないことが起きたということです。私の脊髄損傷も治らないかなあとお祈りしてきました。 
 先ほど拝み倒して見せて頂いた妙厳寺庭園を外から見るとこんな感じです。
 池にはたくさんの鯉に混じって亀も泳いでいました。
豊川稲荷の滝 (トヨカワイナリノタキ) 落差2m 評価1
 妙厳寺庭園にも枯滝石組が二つほどありましたが、外の庭園にも滝がかかっていました。
 左の燈篭の下から水が滴り落ちています。さらに右側には堰き止めた水が流れ落ちていました。
 滝の映像


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