一休寺北庭龍門瀑(Ikkyujihokutei ryumonbaku)

京都府京田辺市薪里ノ内
 一休寺は正式名称を酬恩庵といい、13世紀末、大応国師が開いた妙勝寺が前身である。兵火により衰退していた寺を、1456年、一休宗純が再興し宗祖の師恩に報いる意味で酬恩庵と名付けた。



撮影2026/3/23
 一休宗純は1456年から1481年に88歳で死ぬまでここで暮らしている。81歳、大徳寺の住持になって以降もここから通ったというからよっぽど気に入ったのだろう。
 1471年からは盲目の美女・森侍者と死ぬまでここで暮らしている。
 中門を抜け方丈庭園へ向かう。
 最初に現れるのが白砂で大海を表現している南庭だ。
 普通は方丈に対して横に砂紋を引くが、縦方向に引くことで視線を奥へと誘導し、水が手前から奥へ、あるいは奥から手前へとダイナミックに流れる様子を強調している。
 尚、真ん中左に見える瓦ぶきの建物は宗純王廟(一休禅師の墓)だが、宮内庁管理の御陵墓のため、見学できない。
 方丈の襖絵(複製…本物は宝物殿内に保管)は狩野探幽によるもので、先日行った桂離宮と同じだ。
 東庭は十六羅漢を表現しているという。
 北庭は左側に鶴亀石組、右側に蓬莱石を中心とする枯滝石組を配する蓬莱式庭園である。
一休寺北庭龍門瀑(イッキュウジホクテイリュウモンバク) 落差2m 時間5分 評価1/10
 真ん中の大きな石が仙人が住むという蓬莱山を表現し、その左から滝が流れ落ち、その流れに逆らうかのように鯉魚石が置かれる見事な龍門瀑だ。
 滝の映像
 蓬莱式庭園の左側には巨石を置いた庭園もあった。
 本堂は永享年間(1429〜1441年)に室町幕府将軍足利義教によって建てられた禅宗様仏殿で国の重要文化財に指定されている。
 一休さんの銅像だ。
 一休さんと言えば「とんち」だろう。小さな橋に「このはしわたるべからず」の立札。もちろんはし(端)ではなく真ん中を堂々と歩いて渡った。



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