女渕の滝(Mebuchi no taki)

奈良県高市郡明日香村栢森 総合評価4
 女渕の滝は、石舞台から県道15号線を南下した奥明日香にある滝だ。



撮影2025/5/26
 前回来た時は男渕の滝へ行けなかったので、再訪することにした。
 男渕の案内板は落ちて見ることができない。時の流れを感じさせた。
 前回は踏み跡を上流まで歩いてしまったが、案内板はすぐそこを指示している。
男渕の滝 (オブチノタキ) 落差9m 評価4
 すなおに沢へと降りて行くと滝が見えた。
 これなら落差9メートルも頷ける。男渕へと続く踏み跡もあったが、残念ながら道が崩壊していた。ロープを使えば行けそうだが、骨折の悪夢が横切る。無理せず上から見るだけで我慢することにした。
 滝の映像



撮影2018/12/29
 明日香を訪れたので、日本最古の仏像がある飛鳥寺へ行くことにした。
 飛鳥寺付近は聖徳太子が摂政になった593年から694年に藤原京に遷都されるまでの102年間 (一時期、難波の宮に遷都した時代を含む) に渡って大和王朝の都があったところだ。
 法隆寺釈迦三尊像と同じ鞍作止利作の飛鳥大仏は、609年制作と言われており、623年制作の法隆寺釈迦三尊像より古い日本最古の仏像だが、なぜか国宝ではない。
 というのも、飛鳥大仏は1196年の火災で火にさらされオリジナル部分が少ないとされたからだが、最新の研究では頭部はほぼオリジナルであることが分かった。
 また、制作以来、この地から動かされていない。ということは聖徳太子もこの場所で祈っていたということになり、そう考えるだけでこの仏様の価値は高まるだろう。
 ということで、国宝復活も近いと思うのだが、どうだろうか。 
※日本最古の仏像
 552年仏教伝来とともに百済からもたらされた釈迦仏の金銅像が蘇我氏と物部氏の争い(物部氏は587年、丁未の乱で滅亡)の中で、明日香の難波池(大阪という説も)に打ち捨てられてしまう。それを本田善光さんが拾い上げて長野市に持ち帰り本尊としたのが善光寺の始まりとされている。これが事実であれば善光寺の一光三尊阿弥陀如来は552年以前に制作された日本最古の仏像ということになるが、一光三尊阿弥陀如来は絶対秘仏で誰も見たことがなく、話自体も史実の裏付けがない。史実の裏付けがある仏像としては飛鳥大仏が日本最古になる。
 飛鳥寺の背後には乙巳 (いっし) の変によって、首を刎ねられた蘇我入鹿の首塚がある。
 大化の改新の立役者である中大兄皇子と中臣鎌足は飛鳥寺で行われた打毬の会で親しくなったという。
 飛鳥時代の有力者、蘇我馬子の墓と言われている石舞台古墳。
 封土の上部が剥がされ、巨大な石室が剥き出しになっていた。
 玄室は長さ7.7メートル、幅3.5メートル、高さ4.7メートルもある。
 続いて、石舞台から県道15号線を南下し奥明日香に向かう。
 栢森
集落から林道へと入りしばらく走ると女渕の案内板があった。滝は赤丸の案内板の向こうにかかる。
 案内板によると女渕には5〜6メートルの滝があり、滝つぼの深さは6メートル以上もあるという。又、1.5キロ上流には男渕があり、高さ9メートル、幅2メートルの滝があるとのことだ。
 日本書紀には642年に皇極天皇がここで雨乞い祈願を行ったとの記述があるという。
女渕の滝 (メブチノタキ) 落差3m 評価4
 滝つぼは深い緑色をしており、確かに深そうだ。
 続いて林道を車で走ると男渕の案内があった。ここに車を停めて川沿いに歩いて行く。
 日没真近のため、駆け足で進んだ。
男渕の滝 (オブチノタキ) 落差4m 評価2
 5〜6分歩いたところで、この滝が現れた。もしかすると上流に滝があるのかもしれないが、ここで引き返すことに。
 案内にあった落差9メートルとはだいぶかけ離れているが、どうだろうか。
 滝の映像



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