西之丸御殿跡庭園枯滝石組(Nishinomarugotenatoteien karetakiiwagumi)


大分県臼杵市大字臼杵
 続百名城に選ばれている臼杵城(ウスキジョウ 193番)は、戦国時代に大友宗麟が築いた丹生島城(ニウジマジョウ)を前身とする。



撮影2025/10/16
 駐車場からは、西側から臼杵城の姿を望むことができた。
 右奥は石垣ではなく自然の地形を巧みに利用しているようで、手前の石垣には犬走りが残っている。ただ、石垣に草が生えているのが保守上、少し気がかりだった。

※犬走り
 城番が石垣の外を見回るための通路。敵が塀や石垣に接近した時は上から攻撃できるようにした。
 橋を渡ると鳥居が現れる。
 大友氏は宗麟の嫡子・義統が文禄・慶長の役で敵前逃亡したことで改易となり、その後、1597年に太田一吉が入城して近世城郭へと改修した。
 関ヶ原の戦いの後、1600年に美濃国郡上八幡から稲葉貞通が5万石で入封し、以後、明治維新まで稲葉氏15代の居城として続いた。
 明治に入ると天守をはじめとする建物は取り壊され、現在残るのは裏手の卯寅口門脇櫓と畳櫓である。
 大門櫓は2009年に木造で復元され、臼杵城最大の建造物として堂々とした姿を見せていた。
 西の丸へ進むと、池泉庭園の向こうに神社が見える。
 池の水は抜かれているようで、
 参道の橋のほかにも二つの橋が架かっていた。
 左奥には滝石組がのぞいている。
西之丸御殿跡庭園枯滝石組(ニシノマルゴテンアトテイエンカレタキイワグミ) 落差2m 時間15分 評価1
 石を巧みに積み上げた滝石組で、池に水があればさらに趣が増しただろうと思うと、少し残念な気持ちになる。
 滝の映像
 この先に天守跡があったのだが、ここで引き返してしまった。後から思えば、もう少し足を延ばしておけばよかったと悔やまれる。



日本の滝(ホーム) 日本の滝一覧 日本の滝百選 自薦百選の滝 訪問履歴

滝の評価はあくまでも私個人の主観にもとづくものです。又、評価は気象条件等によっても変わることをご承知おき下さい。
このホームページについての御意見・御感想は、GAF03402@nifty.com までお寄せ下さい。
本ホームページの著作権は、S.KOBAYASHI に帰属しております。
本ホームページの内容の一部、または全部を無断で複製、変更することは法律で禁じられております。