春風萬里荘滝石組(Syupubanriso takiiwagumi)

茨城県笠間市下市毛
 春風萬里荘は北大路魯山人の鎌倉の住居を移築して1965年に開館しました。


撮影2025/7/19
 重厚な門をくぐって敷地に入ります。
 この茅葺き入母屋造りの民家は江戸時中期の建物で、もともとは、現在の神奈川県厚木市近郊の地にあたる高座郡御所見村の豪族で大庄屋でもあった伊東家の母屋であったものを、昭和の初めに北大路魯山人が、北鎌倉・山崎の地にひらいた星岡窯の母屋として、もう一軒の慶雲閣と共に移築し、自らの住居としていました。
 この衣桁(衣服架け)は北大路魯山人の愛用品です。
 ふすまの向こうに枯山水が見えました。
 枯山水は龍安寺の石庭を模して造られた15石の石庭です。
 茶室もありました。夢境庵と言い、千宗旦(千利休の孫)によってつくられた裏千家の名茶室「又隠」を手本に魯山人が設計したものです。
 浴室には魯山人自ら作成した半円筒形の織部陶板が青竹のようにめぐらされていました。陶板には棕櫚縄でしめられた絵付けがされています。
 便器も魯山人が自ら焼いたものだと聞き驚きました。
 庭には広大な日本庭園が広がっています。
 池泉に注ぐ沢もあります。
 笠間市内の豪農にあった長屋門も移築されていました。
 池には中島が造られ亀島のように見えます。
 豪快な滝石組もありました。
春風萬里荘滝石組(シュンプウバンリソウタキイワグミ) 落差2m 時間3m 評価1
 ここが町中であることを忘れてしまいます。優雅に流れ落ちていました。
 滝の映像
 近くには続百名城に選定されている笠間城(112番)があります。
 笠間城は鎌倉時代、笠間氏によって築城され、笠間氏が18代に渡って城主を務めました。1598年に蒲生郷成が現在の形に改修し、牧野氏8代により明治維新を迎えます。
 笠間城の千人溜駐車場に車を停めました。
 すぐに大手門跡です。
 ここの石垣は良く残っていました。
 草に覆われた石段を登って行きます。
 本丸へ登る石段は横幅がありました。
 13分で本丸に到着です。
 立派な石碑がありました。
 天守跡は一段高くなっています。
 石垣が少し崩れていますが、ここに天守閣が立っていました。今回は行ってませんが、真浄寺に移築された八幡台櫓とほぼ同じ構造だったと言われています。



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