茂庭の集落から林道に入ってしばらく走ると、西滝不動尊と書かれたお堂がありました。背後には白岩も見えます。 お堂の左側に回ると、大蛇伝説の説明文と絵図がありました。説明文にはとんでもないことが書かれていました。要約すると、 |
茂庭の菅沼には大蛇が住み着いていて、村から娘を人身御供にしないと村を水流に沈めると脅していました。人身御供を差し出す年になった時、村の中からは選ぶことが出来ず、村中でお金を集めて、娘を買ってくることになりました。
文五郎がその役につき、訪ね歩きましたが、もちろん簡単にはみつかりません。ある夜、農家に泊めてもらった時に旅の由来を話すと農夫が娘を売るというのです。この農夫は毛利家の元家臣で主君とともに関東に落ち延びていたのですが、主君の法要のお金がなくて娘を売ったというのです。 |
これを聞いた農夫の仲間が娘を不憫に思って、大蛇を退治したというのがあらましで、大蛇を射抜いた矢は日本武尊が変身した白鳥が落としていったという話も加わります。
毛利家は関ヶ原の合戦までは中国地方全域に渡る広大な領地を有していましたが、西軍(総大将)に味方した為に、領地が山口県だけになってしまい、今までの家臣団を維持できず、多くの家臣が離脱しました。この農夫は、恐らくその時の家臣ではないでしょうか。 |
滝への案内板はありませんでしたが、付近を捜したところ、一旦道路を出たところに沢へと降りる踏み跡がありました。 |
踏み跡は沢まで降りるとなくなっていました。対岸に踏み跡が続いているので、ここを濡れないように渡ります。最後のアプローチでは飛び石づたいに行きましたが、長靴で行けば良かったです。 |