今回は、深まりゆく秋を追って雨飾山へ向かった。
前夜は道の駅「白馬」で車中泊し、まだ星の残る早朝5時半、登山口に到着する。50台ほど停めれる駐車場はすでに半分ほど埋まり、人気の山であることを改めて感じた。 |
(携行装備)
・登山靴、ダブルストック、帽子、手袋、レインウェア ・熊避鈴、音楽プレイヤー
・GPS、コンパス、高度計、気圧計、地図、デジカメ、ヘッドライト
・食料(ウイダーインエネルギー×2、パン×1、お菓子、ペットボトル×2) |
(5時57分)
まだ薄暗い登山口を静かに歩き出す。 |
しばらくは高低差のない散策路が続き、両脇の紅葉は真っ赤に染まっていた。だが光が足りず、写真はどれもぶれてしまった。 |
(6時3分)
1/11、400メートルと書かれた案内板は山頂まで11分の1の400メートル進んだという意味だ。 |
(6時9分)
2/11に到着した。ここで標高は1150メートル、山頂の1963メートルまでは高低差800メートルだ。。 |
ここから厳しい登りが始まる。 |
(6時24分)
3/11に到着。今まで400メートルを6分のペースだったが、15分へペースダウンした。後、8つあるので、同じペースならあと2時間はかかりそうだ。 |
(6時40分)
4/11の道標が石に縛られていた。 |
(6時42分)
小さな広場に出る。ブナ平と呼ばれる場所で、案内板には「山頂まで2時間、荒菅沢まで30分」とある。
紅葉のブナ林が朝の薄光に揺れていた。 |
(6時55分)
5/11の道標は木に縛られていた。ひとつひとつの標識が、登山者を励ます道しるべのようだ。 |
(7時5分)
山影から太陽が顔を出す。標高は1510メートルほど。
せっかく登ったのに、これから標高1448メートルの荒菅沢へ向けて下る。60メートル分損したような気分になる。 |
(7時10分)
6/11の道標。ここまで正確に400メートル15分のペースで来た。 |
(7時17分)
荒菅沢を横切る。 |
荒菅沢からは沢沿いに山頂を見通すことが出来た。深田久弥氏が雨飾山を訪れた時は登山道はなく、この荒菅沢を直接登って頂上に達したそうだ。 |
荒菅沢を過ぎてからは急な登りが続き、ロープ場も増えてくる。 |
(7時31分)
7/11、厳しい登りの連続に足取りが重くなってきた。 |
ふと見上げると、ナナカマドが真っ赤な実をつけていた。秋の深まりを告げる鮮やかな色だ。 |
(7時57分)
7から8の道標まて26分もかかってしまった。 |
振り返ると、駐車場 (赤丸) がはるか下に小さく見える。 |
尾根が近づき、山頂がようやく手の届くところに感じられる。 |
とはいえ、難所はまだ続く。 |
(8時21分)
9/11、息を整えながら、ひとつひとつ標識を拾っていく。 |
(8時27分)
尾根に出ると、笹原が広がる笹平に到着した。風が通り抜け、空が一気に広くなる。 |
(8時33分)
新潟側からの登山道との合流点。ここから山頂まではあとわずか。 |
(8時38分)
10/11の道標に到達。 |
ここから最後の厳しい登りが待っている。 |
荒菅沢を見おろせる場所に出た。深田久弥氏はここを登ったのだろうか――そんな思いが胸をよぎる。 |
(8時57分)
ちょうど3時間で山頂に立つことができた。 |
二等三角点が静かに佇んでいる。写真を撮っているのは、やはり私だけだった。 |
雨飾山は双耳峰で、南峰には三角点、北峰には石仏が祀られている。 |
深田久弥氏の著書「日本百名山」によると、糸魚川地方で有名な羅漢上人というお坊さんが自身で石を刻み、それをこつこつ山へ運んだという。 |
北峰から南峰を眺めると、数人の登山者が小さく見えた。 |
新潟側の山々は紅葉が終盤に差し掛かり、梶山新道も険しさを感じさせる。 |
北峰から続く大網道はさらに荒々しく、ほとんど使われていないという。 |
笹平は上から見ると広々としているのがわかる。山頂から笹平を見ると「乙女の横顔」が見えた。偶然の造形に、思わず見入ってしまう。
山頂には20分ほど滞在し、9時20分に下山開始。午後から雨予報が出ていたため、早めの行動が肝心だ。 |
(11時00分)
登りと同じ1時間40分で荒菅沢に戻る。普通なら下山の方が早くなるはずだが、枯れ草もあって滑らないように慎重に歩いた為だ。
荒菅沢の冷たい沢水を口に含み、ここで10分ほど昼食休憩をとった。 |
(12時30分)
登り以上に時間がかかってしまった。 |
登る時は薄暗かったので良くみえなかったが、麓の紅葉はまさに見頃。 |
(12時45分)
ようやく登山口に戻ることが出来た。所要時間は休憩を含めて7時間弱。 |
麓の紅葉がきれいだったので、近くの鎌池に行ってみた。1周40分とのことだが、今回は畔の紅葉を少し眺めるだけにした。 |