撮影2024/11/7 |
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西山御殿訪問から2年以上立ちましたが、黄門さんゆかりの水戸へ行ってきました。
偕楽園は徳川斉昭公が作庭した庭園で3千本以上の梅の木が植えられています。園名は「古の人は民と偕に楽しむ、故に能く楽しむなり(孟子)」という一節から命名されました。これに倣い江戸時代には毎月3と8が付く日は領民にも解放されていたそうです。
ところが何を血迷ったか2019年から徳川斉昭公の想いを無視し茨木県民以外は有料化されてしまいました。梅の開花時期でもないしこれといった日本庭園(滝)もないので入口から園内を撮影しただけで偕楽園見学は終了です。 |
続いて徳川ミュージアムへと行きました。こちらの入場料は破格の2500円です。さすがにこれだけ高いと誰も来る人はいません。
但し、こちらは黄門さんの印籠やあの燭台切光忠を見ることが出来る※ので個人的には充分満足出来ました。 |
※写真撮影について
再現刀以外の展示品撮影は禁止されています。 |
刀剣は関東大震災で全て燃え尽きてしまったので、美術品的価値はありません。
徳川ミュージアムでは刀剣プロジェクトとして燃え尽きた刀剣の再現を始めており、現在、天下の名刀「太刀児手柏」と「刀燭台切光忠」の再現が実現しました。
こちらの「太刀児手柏包永(コノテガシワカネナガ)再現刀」は、鎌倉時代の手掻派の刀工包永(カネナガ)によって製作された太刀で徳川家康が関ヶ原の合戦で帯刀したものを再現したものです。
刃長は69センチですが、元々85センチあったものを磨り上げていました。 |
続いてこちらが伊達政宗が愛用した「刀燭台切光忠」の再現刀で、罪があった家臣を燭台ごと切り落としたことからこの名があります。 |
再現刀とは言え、鬼気迫る迫力がありました。
尚、「太刀児手柏包永」が刃を下向きに、「刀燭台切光忠」が刃を上向きに展示しているのは、太刀と刀とで帯刀する時に向きが異なるからです。
鎌倉時代以前の弓を使った騎射戦が主だった頃は刀長が長く反りが大きい太刀を刃を下向きにして紐で腰にぶら下げました。
一方、室町時代以降、徒歩戦が主になると刃長が太刀より短く反りも小さい刀を刃を上向きにして腰に差したのです。
従って、銘も帯刀した時の向きに従って決められ、展示もそのようになりました。 |