明寿院庭園枯滝石組 (Myojyuinteien karetakiiwagumi)

滋賀県愛知郡愛荘町松尾寺
 明寿院は741年に行基により開山された湖東三山・金剛輪寺の本坊にあたり、桃山期から江戸時代初期、江戸時代中期の3つの庭園が国指定名勝に選定されている。
 湖東三山は、金剛輪寺、西明寺、百済寺の三つの天台宗寺院の総称で、日本紅葉名所百選にも選定されている。



撮影2026/5/3
 総門は1794年の再建で黒色をしていることから黒門と呼ばれる。
 新緑が眩しい石畳の参道を進む。
 赤門は昭和初期建てられた通用門で現在は閉じられている。
 江戸時代に建てられた表門、通称白門をくぐって名勝庭園のある明寿院へ向かう。
 玄関には歴史の重みを支えてきた古い幹が、今は、みずみずしい「青紅葉」をその懐に抱いている。
 秋になれば燃えるような「血の紅葉」で染まるこの地で、今はただ、光を透かす青い葉が、雨上がりの空気のように、清々しく空間を清めていた。
 木戸をくぐり名勝庭園へと入る。
 最初は桃山期の庭。
桃山期の庭枯滝石組(モモヤマキノニワカレタキイワグミ)地図 落差2m 時間5分 評価1/10
 三尊石のような石組から流れ落ちる枯滝石組は桃山期らしい荒々しい巨石を組み合わせている。
 続いて江戸時代初期に造られた庭。
 左右に大きな滝がかかっている。
江戸初期の庭枯滝石組 (エドショキノニワカレタキイワグミ)地図 落差3m 時間6分 評価1/10
 右側の滝は巨石を用いた大胆な石組だ。
江戸初期の庭枯滝石組 (エドショキノニワカレタキイワグミ)地図 落差3m 時間6分 評価2/10
 左側の滝は幾つもの石を組み合わせて垂直の壁を表現しリアルな滝を連想させる。
 最後は江戸時代中期の滝。
 池泉の真ん中には船石が浮かんでいる。
江戸時代中期の庭枯滝石組 (エドジダイチュウキノニワカレタキイワグミ)地図 落差3m 時間7分 評価2/10
 船石の先に滝が見えた。滝の上部に石橋がかかる玉澗流は深山幽谷の趣を感じさせる見事なものだ。
 滝の映像
 明寿院を後にし本堂を目指す参道には千体地蔵が風車で迎えてくれる。
 かつては参道に沿って多くの僧坊が建ち並んでいたが今はその趣はない。
 8分ほど参道を歩いていると室町時代中期建造の二天門に着いた。
 金剛輪寺も他の天台宗寺院同様に織田信長の焼き討ちにあったが、なぜか二天門より先は焼失を免れている。一説には山の奥にあったため、見落とされたとも。
 本堂は、元寇(1274年、1281年)の戦勝記念として佐々木頼綱によって建立されたもので、中世天台仏堂の代表作として国宝に指定されている
 重要文化財に指定されている三重の塔は、本堂の左、一段高い場所に建つ。
 鎌倉時代1246年の建立と伝わるが、様式的には南北朝時代の建築とみられる。
 織田信長の焼き討ちはまぬがれたものの、近世以降は荒廃し、現在の塔は1975年から1978年にかけて修理復元されたものだ。



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