洗心庵滝石組(Senshinan takiiwagumi)

山形県山形市緑町1丁目4
 洗心庵は、庭園修景と文化学習施設の整備を目的としてつくられた庭園文化学習施設で、緑町の静かな一角に佇んでいる。



撮影2025/8/1
 まず向かったのは、百名城に選定されている山形城(10番)。
 東大手門から二の丸へ入ると、橋の下をJR仙北線が走り抜けていく。
 東大手門は山形城の正門で、枡形の南北に多門櫓を備えた堂々たる構えだ。1991年、歴史資料に基づいて木造で復元されたという。
 山形城の始まりは1356年。斯波兼頼(のちの最上氏の祖)が羽州探題として山形に入り築城したのが最初である。
 その後、最上義光が慶長年間に城郭を大きく拡張し、三の丸を構築。家臣団の屋敷が立ち並び、北の関ヶ原と呼ばれた慶長出羽合戦の功績により、出羽57万石の本城となった。
 江戸時代には城主が何度も交代し、最後は水野氏が治めて明治維新を迎える。
 城内には最上義光の騎馬像が立ち、山形城を発展させた名将の姿を今に伝えていた。
 二の丸にある県立博物館では、国宝「縄文の女神」がひときわ存在感を放っている。
パンタロンのような脚、妊婦を思わせるおへそ、突き出た乳首、デフォルメされた顔、どれも個性的で、縄文人の芸術性の高さに圧倒された。
 本丸大手門枡形内の高麗門をくぐると、本丸へ入る。
 しかし本丸には何もない。まるで山城に迷い込んだかのような静けさだった。
 VRで確認すると、かつて御殿が建っていたという。
 山形市では山形城の復元計画が進められており、いつの日か御殿が再び姿を現すかもしれない。
 続いて、昭和を代表する作庭家・岩城亘太郎氏が手がけた洗心庵庭園へ向かった。
 行事がなければ施設内にも入ることができる。
 庭園には織部灯籠が立つ。
 石や灯籠には苔がむし、緑に包まれた空間は深山幽谷の趣があった。敷地は大きくないものの起伏に富んでいて歩くほどに景色が変わる。
洗心庵滝石組(センシンアンタキイワグミ) 落差1m 時間3分 評価1/10
 庭園の奥には、離れ落ち形式の滝石組がひっそりと設けられていた。
 小さな滝ながら、石組みの妙と周囲の緑が調和し、静かな庭園に涼やかな表情を添えていた。
 滝の映像



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