三方石観世音の滝(Sanpoishikanzeon no taki)

福井県三方上中郡若狭町三方
 三方石観世音菩薩の奥には、雌滝と雄滝がひっそりと流れ落ちている。



撮影2025/6/21
 続百名城に選定されている佐柿国吉城(139番)に行ってきた。
 難攻不落の旗がいたるところに架けられている。登城の前に麓の若狭国吉城歴史資料館(旧田辺半太夫家住宅)へ情報収集してきた。
 佐柿国吉城は若狭国守護大名の武田氏重臣、粟屋勝久が戦国時代に築き、越前国朝倉氏の度重なる来襲を守り抜いた難攻不落の城として知られている。
 資料館城と城下町のジオラマがあり、位置関係か良く分かった。
(14時00分)
 14時に登城口を出発。
 低山とはいえ、獣柵には「熊出没注意」の文字があり、気が引き締まる。
(14時15分)
 二の丸跡との分岐に到着。
 登山道には石仏がいくつも転がっている。戦の際、城に石仏を持ち上げ、敵が迫れば上から投げ落として攻撃したという。石垣にも転用されたらしい。
(14時25分)
 連郭曲輪郡との分岐に到着。
 ここに虎口があった。
(14時30分)
 30分で山頂に到着。
 三角点は四等三角点「徳賞寺」。
 舞鶴若狭道や国道27号線が眼下に広がる。
 ここが交通の要衝であったことがよく分かった。
 LED照明と旗が設置されており、夜間にはライトアップされるのだろうか。
 遠くには若狭湾も見えた。
 続いて連郭曲輪郡へ。
 急斜面を下る。
 ここを攻めるのは大変だったろう。攻め手の苦労が想像でき、難攻不落の名に納得した。
(15時45分)
 見学に要した時間は1時間45分。
 続いて三方石観世音菩薩へ向かった。
 弘法大師が雲谷山山麓の花崗岩に一夜で観世音菩薩を彫ろうとしたが、最後の右手首を彫る前に一番鶏が鳴き、作業をやめた。そんな伝説が残る地である。
 「妙法の瀧」と刻まれた石碑が立っていた。
妙法の滝(ミョウホウノタキキ) 落差7m 時間1m 評価1/10
 妙法の滝は滝行のために造られた人工滝のようだ。
 石段を登ると観音堂があり、御本尊の観世音菩薩は秘仏として祀られている。
 33年に一度開帳され、次は2026年10月とのこと。
 観音堂を参拝した後、車で奥の院へ向かう。
 道は狭く、終点で切り返しができないため、手前に車を置いて歩いていく。
 歩いていると右側の沢に大きな滝が見えた。
雌滝(メタキ) 落差13m 時間3分 評価5/10
 崖を慎重に下り、滝つぼへ。
 夕陽が差し込み、黄金色に輝く滝は息をのむ美しさだった。
 再び道路に戻り、林道終点へ。
 確かに、この道幅では車の切り返しは難しい。
 赤い祠が見えた。
雄滝(オタキ) 落差7m 時間6m 評価5/10
 祠の前に立つと、もう一つの滝が姿を見せる。
 雌滝が幅広の流れだったのに対し、雄滝は一筋の白い線を描くように落ち、どこか力強さを感じさせた。
 滝の映像
 滝の左側に踏み跡があったので登ってみる。
 落ち葉の積もる道の先に奥の院があった。
 その右側にも小さな滝がかかっている。
 まるで「奥の院の滝」と名付けたくなるような佇まいだった。



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