大友氏館跡庭園の滝(Otomoshiyakataatoteien no taki)


大分県大分市顕徳町3丁目5
 大友氏館跡庭園は、大分駅のほど近く、日豊本線沿いに静かに佇んでいる。



撮影2025/10/17
 大友氏の本拠地であった大友氏館に造られたこの庭園は、今から500年前、大友家19代当主・義長の時代に築かれたと伝わる。
 その後、大友氏が最盛期を迎える16世紀後半、21代当主・宗麟、そして22代当主・義統の時代に、雄大な池を中心とした庭園へと改修された。
東滝(ヒガシタキ) 落差2m 時間5分 評価1
 庭園の東端には東滝がかかっている。水音は控えめだが、池の縁に寄り添うように落ちる姿が印象的だった。
南滝(ミナミタキ) 落差2m 時間5分 評価1
 庭園中央には南滝が設けられているが、この日は水が流れていない。静まり返った滝口が、かえって往時の賑わいを想像させる。
 滝の映像
 庭園を後にし、百名城に選定されている大分府内城(94番)へ向かった。
 大友宗麟の嫡子・義統が文禄・慶長の役で敵前逃亡したことにより大友氏が改易されると、福原直高が府内の荷落に新たに築城したのが大分府内城の始まりである。
  その後、福原氏も改易され、関ヶ原の戦いの後に入封した竹中重利の代で城は完成した。
 竹中氏改易後も城主は幾度か交代し、1658年からは大給松平氏が居城とし明治維新を迎える。
 1743年の大火では天守を含む大部分の建物が焼失し、以後、天守は再建されていない。
 さらに第二次世界大戦の空襲で大手門と櫓3棟が焼失し、現在残るのは宗門櫓と天守裏の人質櫓のみである。
 1965年には、西丸二重櫓から大手門を含む東丸着到櫓までが外観復元され、城の入口は大きく整備された。
 入口の石垣には一際大きな鏡石があり、来るものを圧倒する。
 鏡石と言えば、大阪城桜門の108トン蛸石が有名だ。
 天守の再建計画もあるようだが、資料不足から難航しているという。
 天守台に立つと、1996年に復元された西丸と山里曲輪を結ぶ廊下橋が見えた。
 東の丸には工事車両が入っており、何か復元が進んでいるのかもしれない。
 宗門櫓とともに現存する人質櫓も見える。
 近くで見るとやや寂しげだが、小さな櫓は堀越しに眺める方が風情があるように思えた。



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