滝を後にし、続百名城に選ばれている岸和田城(161番)へ向かった。 |
岸和田城は江戸時代、岡部氏が16代にわたり治め、明治維新を迎えた。
この城にまつわる最大の逸話といえば、やはり蛸地蔵伝説である。 |
小牧・長久手の戦いで秀吉本隊が愛知へ向かい、岸和田城が手薄になった頃、根来・雑賀・粉河の連合軍3万が攻め寄せた。対する城兵は中村一氏と松浦宗清を中心にわずか8千。絶望的な状況の中、突如として蛸に乗った法師が現れ、敵兵を次々となぎ倒したという。 |
やがて法師は敵に囲まれてしまうが、その時、無数の蛸が現れ敵を退け、城を守り抜いたと伝わる。実はこの法師こそ、城の堀に秘かに祀られていた地蔵菩薩であったという。現在、その地蔵菩薩は岸和田市の天性寺地蔵堂に安置されている。 |
かつての5層天守は1827年の落雷で焼失し、現在の天守は1954年に3層の鉄筋コンクリートで復元されたものだ。 |
本丸には、重森三玲が1953年に作庭した「八陣の庭」がある。 |
諸葛孔明の八陣法をテーマにした枯山水で、天守から見下ろすと、中央の大将石を中心に、龍・風・鳥・地・虎・天・蛇・雲の石組が時計回りに配置されているのがよく分かる。 |
城の近くにある岸城神社にも参拝した。岸和田だんじり祭りの起源には諸説あるが、岸城神社では疫病退散を願って町人が始めたのが始まりと伝えている。 |
その後、だんじり会館にも立ち寄った。だんじりの屋根の上を舞う大工方は祭りの花形である。会館の方に「落ちて怪我する人もいるのですか」と尋ねると、「落ちたら死ぬまで笑われますよ。そんな人はいません」と笑いながら教えてくれた。 |