小布瀬の滝(Obuse no taki)


宮崎県日南市酒谷甲
 小布瀬の滝は日南市酒谷甲の国道222号線のほど近く、山あいに静かに落ちる滝である。



撮影2025/10/15
 鳥居のそばに車を停め、山道へと歩き出した。
 すぐに、真新しい花が供えられた小さな祠が目に入る。
 踏み跡はしっかりしており、倒木もなく歩きやすい。
 地元の方々の信仰が今も息づいているのだろう。
小布瀬の滝(オブセノタキ) 落差23m 時間4分 評価7
 やがて前方に、大きな直瀑が姿を現した。白い水の帯がまっすぐに落ち、周囲の緑を際立たせている。
 裏見もできそうだったが、今回は無理をせず眺めるだけにした。
 この滝には、少し悲しい伝説が残る。「継母が先妻の子を滝へ突き落とそうとしたところ、知らぬ間に継母と子が紐で結ばれており、二人とも滝つぼへ落ちて亡くなった」というものだ。
 静かな滝の音に耳を澄ませていると、どこか物語の余韻が漂ってくるようだった。
 滝の映像
 滝を後にし、百名城に選定されている飫肥城(96番)へ向かった。
 飫肥城は南北朝時代、土持氏が築いたのが始まりである。戦国時代に入ると島津氏の領地となり、土持氏が城を治めていた。
 その後、島津氏と伊東氏が100年以上にわたり争奪戦を繰り広げたが、豊臣秀吉の九州平定で伊東氏が秀吉方につき、さらに関ヶ原の戦いでも家康方についたことで、伊東氏が明治維新まで飫肥を治めることになった。まさに見事な立ち回りと言える。
 大手門へ向かう途中、豫章館があったので立ち寄った。
 飫肥藩14代藩主・伊東祐帰が藩知事に任命された際、城内から移り住んだ屋敷である。
 玄関は千鳥破風の豪華な造りで、平屋ながら6部屋を備えた堂々たる母屋だった。
 1978年に復元された大手門をくぐり城内へ入る。
 ところが、石段を登る際に小石につまずき、右膝をひねってしまった。
 この後の行程に少し影響が出てしまったのは残念だ。
 御殿を模して木造復元された飫肥城歴史資料館を見学。
 最後の石段を登って本丸へ入る。
 そこには樹齢100年を超える飫肥杉が林立していた。天へ向かって真っすぐ伸びる杉の姿は圧巻だ。長い歴史を静かに物語っているようだった。



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