霞ヶ城公園の滝(Kasumigajyokoen no taki)

福島県二本松市郭内3丁目
 二本松城には、相生滝をはじめ、地形を巧みに活かした日本庭園の滝石組が数多く残されている。



撮影2025/7/22
 百名城に選定されている二本松城(11番)を訪れた。
 二本松城は室町時代初期、畠山氏によって築かれ、七代目から二本松氏を名乗ったが滅亡。その後、1586年からは伊達政宗の所領となり、以後領主が変わりながら、最後は丹羽氏の時代に明治維新を迎えた。
 戊辰戦争では新政府軍に攻められ、わずか一日で落城。その際、急きょ動員された二本松少年隊の多くが戦死したという。城前には彼らを偲ぶ銅像が静かに立っていた。
 城の入口には真新しい二本松城跡の石碑。
 千人溜駐車場から緩やかな石段を登っていく。
 直角の虎口になっている箕輪門をくぐる。
 土塁の代わりに植えられた樹齢350年以上の赤松が、石垣に力強く根を張っていた。
 一旦登った山を降りて相生滝へ向かう。
相生滝(アイオイタキ) 落差15m 時間15分 評価5/10
 二合田用水から引かれた水が落ちるはずだが、この日はまったく水が流れていなかった。
 それでも、落差15メートルの滝石組は造形が見事で、往時の姿を想像させる。
 近くでは、10月開幕の菊人形祭りの準備が始まっていた。
三の丸上段涸滝石組(サンノマルジョウダンカレタキイワグミ) 落差10m 時間20分 評価3/10
 相生滝から100メートルほど離れた場所にも滝石組。名前は付いていないが、こちらも立派な石組である。
 本町谷御庭の前には七ツ滝があった。
七ツ滝(ナナツタキ) 落差5m 時間22分 評価3/10
 細い水路が階段状に落ちており、七段あることから七ツ滝と呼ばれるのだろう。
 本町谷御庭は江戸時代に造られた回遊式庭園で、ここはその最下段の池にあたる。
霞ヶ池涸滝石組(カスミガイケカレタキイワグミ) 落差3m 時間23分 評価1
 池のほとりには見事な滝石組が組まれていた。
 少し登ると、上段にあたる「るり池」が現れる。
 池の周りを歩いていると布袋滝の案内があった。
布袋滝涸滝石組(ホテイタキカレタキイワグミ) 落差5m 時間28分 評価1/10
 最初はこの石組が布袋滝かと思ったが、右側に本物の滝があった。
布袋滝(ホテイタキ) 落差5m 時間28分 評価2/10
 黒い岩盤をわずかに水が伝っていた。
 こちらは藩主の釣茶屋として利用されていた洗心亭。
 推定樹齢300年の傘マツが庭を守るように立っていた。手入れも大変だろう。
 さらに進むと洗心滝の案内が現れる。
洗心滝(センシンタキ) 落差5m 時間35分 評価2/10
 木々の奥に滝の姿が見えたが、こちらも水は流れていなかった。二合田用水からの引き水が止まっているのだろう。
 滝の映像
 搦手門跡近くの展望台からは、安達太良山がよく見えた。ここにも駐車場があり、本丸だけを訪れるなら近道になる。
 霞ヶ城址の石碑は歴史の重みを感じさせた。
 平成期、史実に基づき穴太積で積まれた本丸石垣。
 本丸は広々としていた。
 天守台石垣も整備済だ。この上に天守が復元される日は来るのだろうか。
 そんな思いを抱きながら、しばらく風に吹かれていた。



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