麋城の滝(Bijyo no taki)


岐阜県大垣市郭町2丁目地図
 続百名城に選定されている大垣城(144番)の城内に滝があると聞き、確かめに行くことにした。



撮影2025/6/19
 12年振りに大垣城を再訪すると美濃大垣藩・初代藩主である戸田氏鉄(とだうじかね)の騎馬像が迎えてくれた。
 斜めから見上げる角度がとりわけ美しく、思わず足を止める。
 城内に入ると精巧なジオラマが展示されていた。往時の城下町の姿が立ち上がる。
 天守閣からは、関ヶ原の戦いの舞台となった伊吹山が遠くに望めた。
麋城の滝(ビジョウノタキ) 落差6m 評価-
 城内にあるという麋城の滝を訪ねてみたが、水が流れていなかった。
 人工の滝ゆえ仕方ないが、静まり返った石組みを眺めていると、かつての水音を想像してしまう。
 滝の映像
 共通券を利用して大垣市郷土館へ向かった。
 こちらにも城のジオラマがある。
 額縁庭園も見ることが出来た。
 中央に立つ石は亀島だろうか。そうなると対岸は鶴出島かもしれない。
 庭そのものは良いのだが、借景に違和感がある。背後の植栽がもう少し豊かであれば、庭の奥行きがぐっと増すのにと思わずにはいられない。
大垣市郷土館庭園滝石組(ビジョウノタキ) 落差6m 評価-
 枯山水の流れが渓谷を模した石詰めへと変わり、そこに滝に見立てた立石が据えられていた。
 水はないものの、石の配置が巧みで、静かな迫力があった。
 滝の映像



撮影2013/6/15
 大垣城は美濃守護・土岐一族の宮川吉左衛門尉安定によって1535年に築かれた。関ヶ原の戦いでは西軍・石田三成の本拠地となり、その後は戸田氏が10万石の城主として明治まで治めた。
 かつて天守閣は国宝に指定されていたが、1945年7月の空襲で焼失。戦後の1959年、鉄筋コンクリート造の四層四階天守が再建され、現在の大垣の象徴となっている。
 1896年の揖斐川決壊による水害を記録するため、石垣には当時の水位が刻まれていた。
麋城の滝(ビジョウノタキ) 落差6m 評価-
 麋城の滝は人口の滝。残念ながらというかあまり残念でもないが、水が流れていなかった。



日本の滝(ホーム) 日本の滝一覧 日本の滝百選 自薦百選の滝 訪問履歴

滝の評価はあくまでも私個人の主観にもとづくものです。又、評価は気象条件等によっても変わることをご承知おき下さい。
このホームページについての御意見・御感想は、GAF03402@nifty.com までお寄せ下さい。
本ホームページの著作権は、S.KOBAYASHI に帰属しております。
本ホームページの内容の一部、または全部を、私的利用を目的とした複製等、著作権法その他法令で認められる範囲を超えて無断で複製、変更することは法律で禁じられております。